レディ・プレイヤー1 [Ready Player One] (2018 USA)

映画.comの紹介記事へ「ヴァレリアン」より一足先に観たにもかかわらず、過剰と言えるほどのエンターテイメント性のてんこ盛りに、何をどう語ったらいいのか、途方に暮れてしまった。一度観ただけでは、ストーリーは理解できても、そこいら中に散りばめられた小細工は、ほとんど見過ごしてしまった。

恐らく残らず確認するには、4-5回観る必要があるのではないだろうか?それよりも映像ソフトを購入して、マイペースで鑑賞する方がベターかもしれない。でも、きっと特典ディスクとか、販売店ごとの有料特典が付いたりして、結構な価格になることだろう。

せめてもう一度観てから感想を・・・・と思っていたのだが、できればIMAX 3Dでなんて欲を出したら、なかなか叶わぬうちに6月になってしまった。今更手遅れのようだ。だったら、まだそれなりの記憶が残っているうちに、感想を残すことにしました。記憶違いがありましたら、遠慮なくコメントでフォローして下さい。よろしくお願い致します。

とにかく、こんなにてんこ盛りな映画は初めてだ。矢継ぎ早に登場するキャラクターや乗り物が、即座に認識できないと、それは確か・・・・おっと、あれは確か・・・・思い出す間もなく、次々に世界中の人気キャラクターや昔の映画に登場した乗り物が登場する。50代のオッサンには、もはや許容範囲を超えたスピード感で、物語は進行していく。

過去のヒット映画のパロディーというか、オマージュのようなシーンまであって、余程の映画ファンでないと、そっちに気を取られて、ストーリーが終えなくなる。情けない話だが、キングコングやティラノサウルスが突如現れたり、まさかのメカゴジラvsガンダムの対決など、テーマパークの醍醐味を映画で描いてみせた作品だ!

20世紀のバンド・デジネ(特に1970年前半の刊行物)が原作の「ヴァレリアン」とは、全く異なるタイプのSF映画だ。興味深いのは、スピルバーグの方が一足先に、原作がベルギー産のバンド・デジネ=「タンタンの冒険」を2011年に公開していた。一方、本作は同じ年にアメリカで出版されたアーネスト・クラインの小説「ゲームウォーズ」が原作だ。

実は、映画の邦題は、原作の原題に倣ったものだ。「Ready Player One」という原題に込められた意図を計りかねている。ともかく、小説なら何でもアリだが、映像化となると、著作権が絡んでくるから、そう簡単には行かない。制作に3年掛かったというが、全ての著作権者の許可を取り付けるのに、大半の時間が費やされたものと思われる。

その間に、スピルバーグ監督は、2016年10月に映画化権を得た「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」の監督まで引き受けて、アメリカでは昨年公開している。映画制作の技術革新は、監督が複数の映画を平行して制作できるほど進歩した事を象徴している。しかも、それぞれにクオリティーが非常に高いのは、流石スピルバーグだ。

先行上映会に見事当選したせいで、パンフレットは未だに買っていない。どうせ、どんなキャラクターや乗り物、パロディー・シーンが盛り込まれていたのか、詳細な解説は掲載されていないだろう。

また、原作には登場しているのに、過去の栄光の蒸し返しと批判された苦い過去から、スピルバーグ作品でお馴染みのキャラクターの多くは、脚本の段階で意図的に排除されたそうだ。流石に、脚本にも関わった原作者=アーネスト・クラインに説得されて、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で印象的だった「デロリアン」は採用された。

とにかく、一度しか観ていないのだが、ジェームズ・ハリデーは「OASIS」というVRゲームの生みの親であり、ゲームの驚異的なヒットで巨万の富を得た上、(恐らく死後に)功績を称えた記念館まで建てられていた。タイ・シェリダンが演じた主人公のウェイド・オーウェン・ワッツ(「OASIS」内ではパーシヴァルと名乗っていた)は、ハリデー研究の第一人者といえるほど執心していたので、ブームが去って来場者もまばらになった記念館を時々訪れていたようだ。

やがて、「OASIS」内でハリデーの遺言が公開されると、単なる現実逃避のVR世界が、一攫千金を狙うゲーマー達が競うゲームに変貌した。ゲームの中に隠された「イースター・エッグ」(3つの鍵)を手に入れれば、ハリデーの遺産も「OASIS」の所有権も得られるからだ。パーシヴァルは、そのレースの中で親しくなった仲間達と協力して、次々に謎を解いて鍵を手に入れていく。

恐らくこのゲームを楽しむための様々なグッズを製造販売して大企業に成長していたと思われるIOIという企業は、「OASIS」そのものを手中に収めようと、ゲームに社員を大量投入した。貧しい一般人は、ゲームに参加するのに、VRゴーグルを着用する程度だが、IOI社は社員用に個室型の装置を多数用意している他、社長のノーラン・ソレントはソファ型の装置で自らもゲームの世界に入っていく。

手段を選ばないソレントは、パーシヴァルがうっかりゲーム内で本名を明かしてしまったために、現実世界で彼を抹殺して、3つの鍵を奪おうとまでする。VRとリアル・ワールドの双方で、熾烈な争いが繰り広げられることになり、2時間20分もある作品もジェット・コースター並みのスリリングさで、あっという間に見終えてしまった。

個人的には、終盤のIOIと一般ゲーマー達の総力戦のシーンは、1982年公開の「トロン」や2010年公開の「トロン:レガシー」で描かれる電脳世界を連想させた。「トロン」では、主人公が送り込まれてしまうサーバーのゲーム名は「スペースパラノイド」で、今の時代に観たら陳腐な印象だろうが、初期のPCの基本的な仕組みが上手く映像化されていると思った。

また、ヒロイン=アルテミスが乗っていたバイクは、公式には「AKIRA」に登場した「カネダ・バイク」とされているが、SunHeroの第一印象は「トロン:レガシー」に登場した「ライトサイクル」だった。元々は、「トロン」に登場した電子回路上を疾走する平面的なバイクだったが、3D時代に合わせてデザインし直されたものだ。

「AKIRA」は1982年12月20日号から「週刊ヤングマガジン」に掲載開始。一方、「トロン」がアメリカで公開されたのは1982年7月。日本公開は1982年9月。「AKIRA」の作者=大友克洋氏が、「トロン」のライトサイクルをパクったとは言い難い状況だ。

それから、最近の映画は、音楽の使い方も本当にイカしている。オープニングからVan Halenの“Jump”が、観客の高揚感を煽る。他にも、Tears For Fearsの“Everybody Wants To Rule The World”とか、Daryl Hall & John Oatesの“You Make My Dreams”とか、シーンに応じた選曲の妙には、すっかり感服してしまった。

ひとつだけ理解に苦しんだのは、IOIの社内の別プロジェクトなのかどうかも分からない謎の研究セクションだ。次々にゲーマーを送り込んで、洞窟のような所にポツンと置かれた古めかしいゲーム機を何とかクリアしようとする。あれは一体どんな組織(チーム)だったのだろうか?

そして、なぜか最終的にはパーシヴァルが、そのゲーム機を見事にクリアして、勝者の訪問を待ち侘びていたハリデーと対面する。そこは、もはや「OASIS」とは全く趣の異なる穏やかな世界で、あたかも「もう一つの現実世界」のようだ。映像のタッチは、ちょっとジブリ作品ぽくて、独りほくそ笑んでしまった。

他にも、まだまだ気になった事は沢山あったのだが、既に他のブログやSNSで取り上げられていたり、肝心のSunHeroが忘れてしまっていたり・・・・ああ、もう一度観たいよ!

それにしても、「レディ・プレイヤー1」の“Ready”って、どういう意味で使われているのでしょうか?適切な日本語訳が分かりません。

この記事へのコメント

  • ナドレック

    こんにちは。
    拙ブログにコメントありがとうございました。

    “Ready”は、というか“Ready Player One”は、ゲームの開始画面を表しているのだと思います。
    最近は判りませんが、昔は開始画面に“Ready”と表示するゲームが少なくありませんでした。
    一人目のプレイヤーのときの表示は“Ready Player One”ですね。
    “Ready Player One”と表紙に書いてある本をめくる、あるいは“Ready Player One”というタイトルを見てから映画本編に進むことで、ゲームをはじめるときの感覚を思い出して欲しかったのでしょう。
    2018年07月11日 21:43
  • yutarou

    SunHeroさん、コメントありがとうございました。
    私も見たのはだいぶ前なので記憶にあまり残っていませんが、
    オマージュや様々なキャラクターが出ており見つけると
    そこで脳がそっちに気がいってしまうので
    話がそっちのけになってしまいました。
    2回見てやっとわかったという始末でした 笑
    これはソフトでじっくり見たい作品でもありますね!
    2018年06月24日 00:13
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