Paul Davis - Singer of Songs・Teller of Tales (1977)

click to enlarge本作の邦題は「アイ・ゴー・クレイジー」。表題曲はアメリカのシンガー・ソングライター=Paul Davis(1948/4/21-2008/4/22)最大のヒット曲だ。LP時代に国内盤が発売されたこともあるが、国内盤が出るまでに3年待たされた上、晴れてCDで再発されるまで、さらに28年待たされた。だが、Paul Davisは還暦を迎えた翌日に心臓発作でこの世を去っていた。謂わば追悼復刻だ。

アリスタからリリースされた最後のオリジナル・アルバム“Cool Night”(1981)以外、オリジナル・アルバムは長らく入手困難だったため、廉価な輸入ベスト盤で我慢するしかなかったが、昨年Wounded Bird RecordsからついにBang Records時代のアルバムがCD化&再発された。さらに、輸入盤に歌詞解説を添えた国内盤も出るという情報を得て、少々割高だったがそっちを購入した。

Paul Davisとの出会いは、大ヒット曲“I Go Crazy”のひとつ前のシングル “Superstar”(1976)だったが、当時はまだまだ洋楽初心者の高校生だった上、トップ40入りしたと思ったら35位止まりに終わり、あっという間に圏外に消えて行ったので、未だにどんな曲だったか思い出せない。Paul Davisというアーティストをきちんと認識したのは、やはり“I Go Crazy”(1977~78)だった。何しろ、この曲、途中何度も星印が取れながら、半年掛かりでチャートを上昇し、ついには最高位7位(3週連続)を記録、結果的に「全米トップ40」で28週間に亘って聞かされる羽目になった(笑)。

1970年代の日本の洋楽事情は今と違って悲惨なものだった。全米1位になっても国内盤が出ないことはザラだった。“I Go Crazy”も日本のレコード会社とは契約の無いBang Recordsだったため、NHK-FMでフル・バージョン掛かったのをラジカセで録音するしか手が無かった。日曜日の夜6時からの「リクエストアワー」なんてホントありがたい番組でしたね。同世代の洋楽ファンの皆様、覚えていらっしゃいますよね?

だが、所謂エアーチェックという行為は、なかなか一発で成功しなかった。カセットテープの残量を見誤ってエンディングの十数秒を録音し損ねたり、録音中に家族の誰かが他の部屋の灯りをON/OFFしたために、たちまちノイズが入ってしまったり、せっかく録音したテープがラジカセ内でローラーに絡まってダメになったり・・・・そんな苦労がこの曲への思い入れを一層強くした。

さらに、吉祥寺の輸入レコード店で本作を偶然見つけて狂喜乱舞したものの、父の給料日の翌日に買いに行ったら、誰かに先を越されてしまって地団駄を踏んだこともあった。多分1979年になってからだったと思うが、新宿の輸入レコードバーゲンで本作のLPをGETした時は嬉しくて仕方なかった。だが、輸入レコードの悲しい性で歌詞は付いていなかった。飢餓感は完全には解消されなかった。

晴れて国内盤が出たのは1981年だった。田中康夫のデビュー小説「なんとなくクリスタル」(1980)が映画化された際、原作に登場する洋楽曲を集めたサントラと共に、クリスタルなジャケット(笑)に差し替えられた本作の国内盤がついに発売された。SunHeroにとって田中康夫の唯一評価できる功績だった。

実はこの年、Bang Recordsはアメリカ国内での配給を委託していたCBS Records Group(現:Sony Music Entertainment Group)に身売りをしていた。そんなことも追い風になって、CBS/Sonyから日本盤が発売できた訳だ。その前兆として本作の次のアルバム“Paul Davis”(邦題:「パステル・メッセージ」)の国内盤が一足先に出た訳だが、邦題は当然「なんクリ」ブームに便乗したものだ。

当時もし新語・流行語大賞(創設は1984年)があったなら、1980年の流行語大賞は間違いなくコレだっただろう。何かにつけて「なんとなく○○」というのが流行った。だが、映画が大コケして「なんクリ」ブームは去ったが、Paul Davisは日本でたちまちAORブームの立役者の一人となった。ダメ押しとなったのが、冒頭で触れたアルバム“Cool Night”だった。

だが、以後Paul DavisはMarie OsmondやTanya Tuckerといったカントリー系歌手の楽曲に客演(デュエット)した以外は目立った音楽活動はなく、本当に久しぶりで新作のレコーディングに取り掛かったという風の便りと相前後して訃報が飛び込んできた。あれから一年半ほどして、やっと旧譜のCD復刻が実現した。

そうは言っても、SunHeroのお目当ては本作とその次作くらいのもの。アメリカ南部の泥臭いカントリーやR&Bのテイストが窺えるそれ以前の作品は、一部をベスト盤で聞いているだけに今もって興味は沸かない。

そんなことよりも興味深いのは、いずれもWounded Birdからの発売なのに、なぜか次作「パステル・メッセージ」の国内仕様直輸入盤だけはDisk Unionが輸入・販売元だった。どういう事情があったのだろうか?丁度、芽瑠璃堂が紙ジャケ仕様の国内盤“Cool Night”も取り扱っていたので三作まとめ買いをしたが、連作なのに統一感の無いパッケージ・デザインになってしまった。

とにかく今は長年の飢餓感が解消されたことを素直に喜んでいる。思えば“I Go Crazy”のヒットをリアルタイムで経験してから32年も経っている。今だからこそ年月(風格)を感じさせるジャケットだが、輸入レコード店で初めて実物を手にした時は、こんな地味なジャケットじゃ売れる訳が無いと、米レコード会社の販売姿勢にマジで憤りを感じたほどだ。何しろ、中身の音楽は多彩で、明るいポップ・チューンも沢山収録されていた。

国内盤LPジャケット一部のファンには不評だが、国内盤のジャケットの方が似合っていると思う。実は今回の直輸入国内仕様盤には、それも封入されている。その上、解説書には「アイ・ゴー・クレイジー」の日本版シングルのジャケットまで掲載されている。Disk Unionから出た「パステル・メッセージ」より定価は5%高いが、差額以上の価値があると思った。

もはや老眼の域に入ったSunHeroには、「パステル・メッセージ」の輸入盤ジャケットの内側に印刷された歌詞は読み辛くて仕方ない。どうせ日本語解説シートの裏面を白紙にするなら、もう少し大きな文字で歌詞を印刷して欲しかった。しかも、芽瑠璃堂で購入した結果、実際の購入価格は逆転してしまった。どうしてこれだけがDisk Unionからの販売になってしまったのか、腹立たしい限りだ!そんなこともあって、ますます本作に対する愛着は強くなるばかりだ。

音質的にはアナログ盤の雰囲気を尊重した感じだ。LPで聞き親しんだ者なら懐かしさが込み上げて来るだろうが、初めて聞いたら古臭くてイマイチな音質に感じることだろう。最近のリマスタリングは音をリファインしすぎて、音の感触がかなり変わってしまい、程々にして欲しいと思うこともあるが、本作は程良く時代を感じさせてくれる。発売元のWounded Birdも、販売元のクリンク・レコードも、ホントいい仕事をしてくれたと思う。

この記事へのコメント

  • SunHero the Auther

    Midge大佐、早速コメントをお寄せ頂きまして、ありがとうございます。

    >PianoのフレーズがStyxの”Babe”に似ている点が気になって・・・w

    いつもながら大佐の洞察力の鋭さには驚いてばかりです。
    Styx? Babe? 恥ずかしながら、どの辺が似ているのか、さっぱり分かりません(滝汗)。
    モチロンStyxは初来日公演もしっかり観に行ったほど大好きなバンドですが、・・・・そのうち聴き比べてみなければいけませんね。
    2010年05月11日 00:32
  • Midge大佐

    “I Go Crazy”を聞いてから、彼の風貌を見たときに
    ギャップの大きさに唖然とした記憶があります(笑)
    とはいえ、日本人の勝手なイメージなんでしょうけど。

    当時私はROCK命!でしたのでそれほどはまることは無く
    スルーしていて、CD化になってベスト盤を買いました。
    印象としては綺麗なメロディと歌声ですが・・・
    それ以上にPianoのフレーズがStyxの”Babe”に似ている点が気になって・・・w
    "Babe"は1979年なので後ですけどね;

    ジャケットは確かに、日本盤の方が雰囲気に合っている気もしますが
    アメリカではアレではだめかもしれませんね;
    2010年05月10日 12:31

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