レンタルCDの老舗 ジャニス閉店

検索エンジンを手繰っていたら、懐かしい店の驚きの発表に出くわした。トピック・タイトルは「ジャニス(本店)閉店のお知らせ」で、8月30日付けだった。内容はCDのレンタルを10月いっぱいで終了し、11月5日から11月30日までレンタル用CDの在庫処分セールを行なうというものだった。今まさに在庫処分セール中ということだ。

同店の最新トピック(10/31)には「37年間のご愛顧、本当にありがとうございました。」とある。レンタル・レコード店として開業したのは、1981年ということになる。レコード・レンタル業が日本に登場したのは1975年と言われ、1981年には既に黎紅堂、友&愛、レック、ジョイフルといったレンタルレコード大手4社が業界を席巻していた。ジャニスは後発かつ小規模な経営だったが、その比類無き品揃えはコアな音楽ファンが交通費を掛けてでも借りに来るほどだった。

SunHeroがジャニスと出合ったのは1987年で、最初の転職を経験し、職場がお茶の水になったのがきっかけだった。丁度、時代はCDとアナログ・レコードの生産量が逆転する時期だったと思う。1991年に実家が引っ越した際には、ディスクユニオンに大量のLPレコードを買取ってもらった。確か300枚弱だったと思うが、二万数千円にしかならなかったと記憶している。近年のアナログ・レコード再評価まで待って買取に出したら、もっと良い値で買い取ってもらえたかもしれない。

話を戻そう。ジャニスはとりわけ洋楽の品揃えが良かった。国内盤よりも早く輸入盤を仕入れていたからだ。鮮度が良かったのは言うまでもないが、時には国内盤が発売されないこともあった。1990年代前半までは、ここでレンタルして、気に入ったらタワーやHMVで買うというのが、習慣化していた。1990年代後半には、大型CD店が地方都市にも出店するようになり、同時進行的に店内の試聴機が充実してきたため、わざわざレンタルする必要はなくなっていった。

それでも、毎週金曜日の仕事帰りにはジャニスに寄るのが恒例だった。目的はBillboardの最新チャートの閲覧だ。SunHeroが洋楽に目覚めた中学生当時、どこよりも早く最新の洋楽ヒット情報が得られたのが、ラジオ日本(当時のラジオ関東)で土曜の深夜に3時間に渡って放送されていた「全米トップ40」だった。以来、洋楽情報の拠り所にしていたのが、アメリカの音楽業界紙=Billboardだった。1980年代後半に番組の放送権を某FM局に奪われる形で、ラジオ日本での放送は打ち切りになってしまった。だから、ジャニスで番組のネタ元を閲覧させてもらえたのは、本当に有り難かった。

二度目の転職を機に、ジャニスとは縁遠くなってしまった。相前後してHip-Hopが洋楽チャートを席巻するようになると、洋楽ファンと言うよりはヒットチャートマニアじゃないかと思うようになっていたSunHeroのヒットチャートへの興味も、急速に冷めていった。そして、しばらく振りで目にしたジャニスのニュースに、改めてこの30年間における音楽の楽しみ方の劇的な変化を思い知らされた。

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