
さて、クーポンで何を見るか?タイミング良く公開になったのは「レディ・プレイヤー1」だったが、誠に有り難いことに先行上映会に当選してしまった。「パシフィック・リム アップライジング」はギレルモ・デル・トロが監督続投だったとしても、何となく気乗りがしなかった。そんな折、地道に高評価のレビューが寄せられていたのが、「いぬやしき」だった。
作品名から受けた第一印象はホラー映画だったが、実際には日本版アベンジャーズみたいなSFバトル物だった。原作は「GANTZ」の奥浩哉による同名人気コミックで、昨年10月クールで9話から成るアニメが、フジテレビ系列で放映されたそうだ。何と言っても、新宿の高層ビル群を舞台に繰り広げられるジジイvs高校生の空中戦が見所だが、実写版におけるCGやVFXと見事にシンクロしたスピード感溢れる展開に、日本の特撮も捨てたもんじゃないと思った。
ただし、予算の関係なのだろう。欧米作品では全く使われなくなったマット・ペインティングに、まだまだ頼らねばならなかったのは残念だった。また、糸のないスパイダーマンというか、アイアンマンのような空中戦の演出も、制作陣が欧米作品の影響をストレートに受けてしまった感じで惜しい。もう一捻りして、日本らしい見せ方を工夫して欲しかった。
だが、現代社会の各世代における閉塞感を、2つの異なる境遇の家庭を描くことで炙り出した原作の着眼点は見事だ。序盤、木梨憲武演じる犬屋敷壱郎の、家庭でも職場でも「うだつ」の上がらない姿に、中途半端なお笑いコンビの片割れとして、長年おちゃらけていただけで人気を博していたとは思えない凄みを感じた。
彼の職場は、SunHeroに言わせれば、まだマシな労働環境だ。同じ発注ミスを4度しでかしても、陰湿なリストラをされる訳ではないからだ。それどころか、ローンを組んで一戸建ての住宅を購入する。ところが、引っ越し早々から、子供達には日当たりが悪いだの何だのと嫌みを言われる。
一方、佐藤健は「半分、青い。」でも高校生役をさり気なくこなしていたが、本作では多感な年頃に両親の離婚を経験し、世の中の不条理に吐け口の見出せない怒りを抱えた高校生=獅子神皓を好演している。彼には、高校でいじめグループの標的にされて引き籠もりになった幼馴染み=安堂直行(本郷奏多)だけが、唯一心を許せる友人だった。
そんな二人が、ある夜、近所の公園で、予期せぬ事態に遭遇した。翌朝、公園で目覚めた犬屋敷壱郎は、何も後ろめたいことをした訳ではないのに、こっそり帰宅する。たちまち、妻や子供達の容赦ない言葉の暴力の餌食になったが、朝食時に最初の異変を感じた。そして、自室へ戻ったところで、自分が機械人間になってしまったことに気付く。
やがて、ひょんなことから病気で治療の施しようのない子供を劇的に回復させたことで、機械人間としての驚異的な能力に気付き、こんな自分でも人の役に立てるという自信を持つ。だが、その超人的な能力で聞きつけた悲鳴に導かれて駆け付けた家では、獅子神皓が一家を皆殺しにしていた。
獅子神皓は、両親の離婚後、パートで生計を立てていた母親とアパート暮らしをしていた。ところが、父親の方は、再婚して新しい家庭を築いていた。彼は毎月一回、父の家を訪ねていた。恐らく離婚時の条件だった養育費を受け取りに行くのが、訪問の目的だったのだろうが、毎回ご馳走を用意して歓待してくれた。年の離れた異母兄妹も、とても懐いてくれていたが、母親との生活との余りのギャップに、憤りを感じていた。彼が凶行に出たのは、その帰り道だった。
衝動的な犯行ゆえ、警察はすぐに犯人を特定した。たちまち2chで素性を暴く情報が流れ、マスコミの容赦ない取材を受けた母親(斉藤由貴)は、その晩に自殺した。行き場を失った彼をかくまったのは、同級生の渡辺しおん(二階堂ふみ)だった。彼女はもはや機械人間になってしまった彼を受け入れたが、その翌朝SATが急襲して、しおんの家族は巻き添えで犠牲になった。
もはや彼の怒りを抑制するものはない。ハッカーもびっくりの能力で、母親を自殺に追いやった張本人を突き止め、インターネットを介して報復した。暴走する友人を見かねた安堂直行は、同級生の犬屋敷麻理(三吉彩花)の父親が獅子神と同じ機械人間であることを知って、協力して彼の暴走を食い止めようと奮闘する。
獅子神がネットワークを介して無差別殺人を開始した日、麻理の学年(学級?)は校外学習の一環で都庁見学に訪れていた。安堂の機転で彼のネットワーク攻撃を封じ込めたが、彼にはより破壊的な別の手段があった。新宿の高層ビルは次々にターゲットとなった。都庁の展望階に居た麻理も、瀕死の怪我を負った。娘の生命の危機に駆け付けた父親の前に立ちはだかったのは、獅子神だった。
心情的には、獅子神君のように街をメチャクチャにしてやりたい。少なくともSunHeroにパワハラの限りを尽くしたかつての上司には、一矢を報いたいところだ。だから、困った事に、ついつい共感してしまったのだろう。
そもそも、21世紀って、とても便利な時代になったが、人手不足の業種があるかと思えば、ICTやAIの進歩で人員整理が行われる業種もある。少子化と言いながら、待機児童問題は深刻だ。教育の現場でも、教師は雑務が多すぎて、児童・生徒たちに十分目が行き届かない。そもそも年金制度はとっくに破綻していて、SunHeroが年金を受け取れるようになる頃、その支給額は年額なのに、月給2ヶ月分程度に過ぎない。
だから、佐藤健君が大暴れしてくれて、ホント痛快だった。だが、それでは世の中が一層混沌とするだけだ。行き着く先は、「ブレードランナー2049」や「レディ・プレイヤー1」で描かれている、経済が破綻して、政治が停滞した社会だろう。せめて、この映画を見て、日頃のウップンが多少でも軽減されればと思う。SunHeroは、木梨が演じたジジイのような中年で構わないから、虐げられても実直であり続けたい。
この記事へのコメント
yutarou
邦画にしては頑張った作品だと思います。
私も期待せず見たんですが、面白かったです。
木梨憲武はあんな演技もできるという発見もありました。