2018年04月20日

ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書 [The Post] (2017 USA)

映画.comの紹介記事へどこかの国でも、新聞にすっぱ抜かれて、政府が対応に追われている。そんな国でのタイムリーな公開となった映画が、40年以上も前の実話に基づいた「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」だ。国防省がトップ・シークレット扱いで保管していたベトナム戦争の劣勢を綴った膨大な報告書(=通称:ペンタゴン・ペーパーズ)が流出した。それを偶然入手した首都ワシントンの有力紙=ワシントン・ポストが、ニクソン政権の圧力に屈することなく報道するまでを描いている。

監督はスティーブン・スピルバーグだ。「シンドラーのリスト」以降、社会派の作品も手掛けるようになったが、まもなく公開される次作「レディ・プレイヤー1」はSF娯楽作品だ。さらに、夏以降も、製作に関わった「ジュラシック・ワールド」の新作や「トランスフォーマー」のスピンオフが公開されるそうだ。70歳を超えても尚、映画製作に意欲的だ。日本でも、一人の監督の作品が3ヶ月連続で次々に公開なんてことも珍しくなくなってきた。テクノロジーの進歩が量産を可能にしたのだろうか?

さて、リチャード・ニクソン政権時代に明らかになった機密文書だが、ニクソンが大統領辞任に追い込まれた直接の原因は「ウォーターゲート事件」だった。本作は謂わば序章となった事件だった。米国内では大騒動となったが、1976年に早くも映画化されたのは、ウォーターゲート事件を描いた「大統領の陰謀」の方だった。事件の真相に迫ったワシントン・ポストの二人の記者の活躍を描いている点で、その前日譚を描いた本作が40年以上も経って映画化されたのは不思議な気がした。

実は本作と相前後して、2017年に別の視点から「ウォーターゲート事件」を扱った映画が製作されていた。うっかり見損ねたが、日本でも本作に先駆けて2月に公開された「ザ・シークレットマン」だ。ワシントン・ポストに内部情報を流していた「ディープ・スロート」と呼ばれた内通者を描いた作品だ。長年その正体は不明だったが、2005年に事件当時FBI副長官だったマーク・フェルトが名乗り出て、ワシントン・ポストも認めた。だから、今頃になって映画化が相次いだようだ。

ここでチョットおさらい。第二次世界大戦後の米ソ冷戦時代には、南北朝鮮・東西ドイツと共にベトナムも南北に分断された。分断自体は、戦前にフランス領インドシナだった地域に、戦後フランスが再び勢力を取り戻そうとして、ベトナム南部に傀儡政権を樹立したことに端を発する。1954年にフランスは敗北し、北緯17度を停戦ラインとし、統一へ向かって協議を進めていくことになった。

だが、その後、南ベトナムにアメリカの支援を受けたゴ・ディン・ジエムを大統領とする「ベトナム共和国」が誕生し、北ベトナム側の「ベトナム民主共和国」と統一後の政権を争うようになった。1960年に北ベトナムは「南ベトナム解放戦線」(通称:ベトコン)を組織し、南ベトナムへの攻撃が始まった。1961年に当時のケネディ大統領は、南ベトナムへ援軍を派遣した。1964年に北ベトナムが米駆逐艦を攻撃した「トンキン湾事件」を契機に、アメリカの軍事介入は本格化した。

こうしてベトナム戦争は始まった。北ベトナムはソ連や中国の物資や軍事顧問派遣といった支援を受けたため、実質的には「資本主義」vs「共産主義」=米ソ対立の代理戦争となった。長期化する戦争にアメリカの若者たちは次々に徴兵された。1960年代後半には、反戦運動は文化芸術の分野にも広がった。フラワー・ムーブメントとかヒッピー・ムーブメントとか呼ばれた若者の反戦運動は、音楽界にサイケデリック・サウンドのブームを生んだ。日本にも飛び火して、70年安保闘争が起きた。

北ベトナムのゲリラ戦術に手を焼いたアメリカが農薬と称して散布した枯葉剤は、化学兵器以外の何物でなかった。程なく沢山の奇形児が生まれるようになり、アメリカは世界の非難を浴びた。下半身がつながった結合双生児として生まれた「ベトちゃん・ドクちゃん」には、分離手術などで日本から様々な支援が行われたのを、ご記憶の方もいるのではないだろうか。

通称ペンタゴンこと国防省は、戦地からのレポートで劣勢を把握していたが、戦況分析データと共に内部機密文書として非公開にした。この文書が漏洩しなかったら、果たしてアメリカは1973年にパリ協定に調印して、米軍撤退へ舵を切っただろうか?この件に関しては、ケネディ、ジョンソンと歴代大統領の負の遺産を押し付けられたニクソンは、謂わば貧乏クジを引かされて、お気の毒だったが・・・・

おさらいが長くなってしまった。

メリル・ストリープとトム・ハンクスという二大アカデミー賞俳優を主要キャストに据えて、それまでは政権にすり寄っていたマス・メディアが、政治の暗部を暴露するようになっていく様を重厚に描いている。見ているうちに、某国の防衛省・文部科学省から次々に見つかった文書がオーバーラップしてくる。

冒頭の機密文書をコピーするシーンから明らかなように、今と違って一枚一枚コピー機に乗せて複写しなければならなかった時代だ。膨大な文書をコピーするには、莫大な量の紙と時間を要したことだろう。当然バレるリスクだって大きかったはずだ。守秘義務に違反してまでも、一部の職員をそうした行為に向かわせたものは、一体何だったのだろうか?そこまでは、この映画では描かれていない。

そうそう、1970年代初頭の事件を描いているせいで、今と同じ時間的制約の中、今とは比較にならないほど人的手間が必要だった。従って、スピード感に欠けるとか、中弛みするとか、ネガティブな評価も見受けられる。そういう評価をした方々には、もう一度時代背景を鑑みてほしい。

現代なら、ネットワークに繋がったPCで、担当記者からの記事を収集し、紙面のレイアウトを組み、そのまま印刷へ回せる。当時は、映画で描かれているように、人海戦術しか手段がなかった時代だ。そんな時代を知らない世代にも、当時の新聞発行がどんな手順を経ているのか、スピルバーグはちゃんと描いて見せている。時代背景を踏まえて、もう一回鑑賞すれば、ストリープ演じる社主の苦悩や、政権との対立姿勢を強めていく高揚感などが、見えてくるのではないだろうか?

実際の事件に基づいた政治絡みの映画が制作されない日本では、やはり受け入れにくいタイプの作品なのだろう。
posted by SunHero at 18:56| 東京 ☀| Comment(1) | 外国映画鑑賞 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントありがとうございました!

現代とは違いますので確かに大変な時代でした。
ネットワークもなければ保存する媒体は紙ですし
タイプライターで一生懸命打つそんな時代です。
スピルバーグ監督もこういう作品をサッと作って
しまうあたりはさすがですね。
Posted by yutarou at 2018年04月28日 23:16
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