2017年03月16日

(今更ながら)君の名は。 [Your Name.] (2016日本)

映画公式サイトへある程度年齢の行った日本人にとって、「君の名は」と聞いて思い浮ぶのは、昨年の大ヒットアニメ映画「君の名は。」ではない。熟年世代が連想するのは、戦後の復興の兆しが見えてきた1952年に大ヒットしたラジオ・ドラマ「君の名は」だ。人気の凄まじさは、ドラマの放送時間になると、銭湯の女湯が空っぽになったという逸話がある程だ。翌年には映画化され、主人公=氏家真知子(岸恵子)のストールの巻き方が、「真知子巻き」と呼ばれ、大流行したそうだ。

SunHeroだって、流石にまだ生まれていない頃の話だ。ただ、そういうドラマがあったことは、大人たちの話で知っていた。テレビ放送が始まると、まず日テレが、1966年5月から8ヶ月に渡り、平日(月~土)昼下がりの15分ドラマとして、続いてテレ朝の前進=NETが、1976年10~12月の金曜21時台のドラマとして放送した。そして、極めつけ(?)は、NHKだ。連続テレビ小説30周年記念として、鈴木京香主演で1991年4月から(1983年の「おしん」以来の)一年間、放送された。

先日の「日本アカデミー賞」で、若い世代は大半が本作の受賞を確信していたと思うが、結果は後から公開になった「この世界の片隅で」だった。本作が単純に題名だけで熟年層にそっぽを向かれたというのは短絡的すぎるが、別物と承知の上で見に行って、テンポの速さに付いて行けなかったというのは、十分理解できる。その点、受賞作品は老若男女=幅広い世代に受け入れられた。公正な審査だったと思います。

さて、SunHeroは、結局4回見に行った。内2回は、不覚にも中盤で寝てしまった。やはり、初見が一番感動した。起承転結が明快で、大筋は理解できたからだ。だが、リアルな風景描写にイチイチ反応していると、物語の展開が分からなくなりそうだった。イマドキの若者は、ゲームで鍛えられているのか、106分に詰め込まれた映像・台詞・中盤で明らかになる3年という時差など、多岐に渡る大量の情報を処理しながら、ちゃんと観ているようだった。

文字通り106分間、作品に釘付けにならないと、新海監督が作品に詰め込んだ(詰め込み過ぎた?)ストーリーのユニークさや映像への拘りは、掌握しきれない。2度目の鑑賞で不覚にも居眠りしてしまったのは、PCで言えばフリーズだ。リベンジに備えて、ネタバレ情報を読み漁り、初回では気付かなかった点を見逃さないようにと、気合いを入れ過ぎたせいだ。

「この世界の片隅に」を見た後で、三度目の正直とばかりに、本作のIMAX版を見に行った。その時、悟った。SunHeroのCPUもRAMも、このアニメの凄さをリアルタイムでは処理しきれない。結果的に、始めと終わりの30分しか見ていない。たった2週間の限定上映で、上映館にも限りがある中、混雑必至のTOHOシネマズ新宿に行くなんて、恥の上塗り以外の何物でもなかった。

開き直って再々リベンジは、初心に返って意気込まずに臨むことにした。北米公開記念で英語字幕版の公開情報が飛び込んできた時は、英訳された台詞(字幕)に興味を引かれた。けれども、隕石落下のシーンとか、IMAX版と通常版でどのくらい違うのか、体感し損ねた悔しさから、IMAX版リベンジを決意した。

二度あることは三度あるという格言(?)に倣って、UQを取って、睡眠も十分に取って、それでも心配だったので、TOHOシネマズららぽーと横浜で見ることにした。平日は駐車料金無料だし、昨年暮れにIMAXが導入されたばかりだったからだ。何よりも気掛かりだった混雑状況も、目論見通りガラ空きだった。体調も状況も万全だったおかげで、リラックスして鑑賞できた。

IMAX版自体は、思っていた程の迫力は無かった。否、期待し過ぎたのかもしれない。隕石落下のシーンって、轟音が響き渡るんじゃ無かったんでしたね(自爆)。もしそうだったら、前回のIMAXで絶絶絶対(苦笑)目が覚めたはず。そして、4回目にして初めて、パンチラ・シーンに気付いた。初見では余裕振っていたが、実は如何に圧倒されていたか、ツクヅク思い知らされた。

新海監督、ワカメちゃんじゃ無いんだから、女子高生の〇〇チラはマズいんじゃありませんか?(ウソぴょ~ん!)初回から見逃さなかった奥寺先輩のブラチラは、最近の長澤まさみの式典でのSEXYな衣装を連想させる程、大変良ござんしたです。実写化の際は、ぜひ本物(=本人)でお願いします。

それにしても、106分の中に色々な要素を、上手に詰め込んだものだ。初見の時は、よくある年頃の男女の入れ替り物語だと思っていたら、それはほんの序章に過ぎなかった。中盤で3年の時差があった事を明らかにしちゃって、タイム・トラベル物の様相を呈してきた。どう決着するのか、煙幕のように見当が付かなくしておいて、隕石落下で糸守町壊滅。でも、時空を超えた瀧君と三葉の活躍で、歴史は大きく塗り替えられる。

最近のタイム・トラベル物は、パラレル・ワールドという理論に基づいて、歴史を都合良く変えてしまうようになったから、本作の落着の仕方も、特に珍しいわけでは無い。ましてや、4回も同じエンディングを見ちゃうと、ぶっちゃけ白けて来ちゃう。ましてや、主役の二人が息もピッタリに、映画のタイトルをデュエットして終わる。何てベタな締め括り方!呆気に取られつつも、一方では感動しているのを自覚した。

そもそも、瀧君・三葉だけでなく、奥寺先輩も、昔の記憶が薄れて行くっていうのは、パラレル・ワールドの理論に則った事象だ。同時進行中の異世界へ移動すれば、普通それ以前の記憶は、整合性が取れなくなって、無意識的に防衛本能が働いて、忘却の彼方に追いやろうとするからだ。ただし、無数に存在すると言われるパラレル・ワールドだけに、関係者全員が同じパラレル・ワールドへ首尾良く移れるものだろうか?

一方、極小さなシコリのように、潜在意識の中に微かな記憶が留まるというのは、脳科学的にアリだという。英語で“already known”という意味のフランス語が、そのまま用語になっている。“déjà vu”(デジャ・ヴ)だ。だから、名前も顔も声も何も覚えていないのに、会えば絶対に分かるという確信は、OKなのだ。途中の強引な展開にも拘わらず、二人が大人になってから再会を果たして、観客は安堵という感動を受けるのだろう。

SunHeroだって、監督の思惑通り、まんまと感動してしまった。それでも、あの最後の台詞は、どう考えても疑問符が付く言い方だと思うのだが、なせか「君の名は。」という表記だ。読点「、」よりはマシだけど、句点「。」でも合点が行かない。ましてや、海外版でも“Your Name.”という表記では、ネイティブからすれば、日本人の英語レベルは、まだまだ低いと思われてしまいそうだ。素晴らしい作品だけに、題名だけで判断されて、国内外で損をしてしまうのは残念だ。
posted by SunHero at 02:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ鑑賞 | 更新情報をチェックする
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